ずいぶん難しい表現だとお思いになるかも知れないが、弁護士にはときには使い勝手の良い訴訟形態である。金銭の支払義務の有無・金額に争いがある場合で、あなたが支払義務があるのに支払わないと相手から非難中傷(または風説の流布)を受けているが、相手が訴訟提起などをしてこない場合に、自分から相手との間に主張にかかる債務が存在しないことを積極的に(裁判所に)確認したもらい、事実上の請求等を止める裁判である。
少し以前のこととなるが、ほぼ同時期に2件、債務不存在確認訴訟を原告側及び被告側で受任したことがある。

1件目は、専門職(税理士)がその業務(その職種の中では余り手がける者のいない特殊業務である)に関し、報酬の定めが法外であり、委任契約が公序良俗に反し(民法90条にあるが、要は依頼者の無知に乗じ、その専門職が受け取る通常の報酬を著しく上回る報酬額の支払を約束するもので、半ば強制的に調印した契約であるということ)、無効であるとして、依頼者の報酬債務が存在しないとして裁判所に訴えたものである。
実は、この件は、裁判になる前にも1回相談を受け、そのときは依頼者の代理人弁護士から内容証明郵便が届いていた。特殊業務というのは、手間に応じての報酬ではなく、税減額という成果に応じての完全成功報酬制であった。これを相手方弁護士は、単純な税申告業務と同様に捉えて、僅かな報酬で済むべきものと考えていたようである。内容証明に対して文書で説明するか、弁護士会等で一度その弁護士に会うよう勧め、同時に機械的に算出された報酬額(1,000万円を優に超える)では相手方は素直に払わないので、減額または分割払の示談、調停、仲裁手続(ここで説明したのは弁護士会の主催する仲裁センターである)も検討してみてはどうかとアドバイスした。ところが、相談者(専門職)は、このときは依頼せず、相手方弁護士とも何故か全く連絡を取らなかったため、訴訟を起こされてしまった。
訴訟が進むと、相手方は本件業務の説明及び依頼を受けた事実自体を否認してきた。当日は専門職本人と会っていないとまで言い張ったのである。こうなると、当日の行動の詳細のみならず、特殊業務で税金が安くなると依頼を持ちかけてから電話でのやり取り、アポを取った経緯、署名捺印をもらうまでの問答(世間話も含む)まで、徹底的に再現した「陳述書」を準備して、裁判所に提出した。裁判官は、双方の陳述書を読んだ上で、相当額の和解金を支払うよう勧告をした。心証を取ってくれたと確信したので、後は依頼者と相談し、スムーズに一括で払ってもらうのを優先するか、金額的に最大限要求し、分割払、期限の利益喪失条項付の和解条件にするか(支払わなかったときは強制執行を申し立てることになる)打ち合わせて、めでたく和解成立となった。
最後になってしまったが、債務不存在確認訴訟を提起された場合、被告(本事件では当方)が金銭を支払えという報酬金請求訴訟(給付訴訟)を反訴として起こすのが通例である。本件でも、主張を応酬している間に、反訴を起こし、その結果、本訴は取下扱いとなった(必要がないので)。

もう1件は、内装工事の元請、下請間(いずれも個人事業者)の下請代金額を巡る争いであった。都心のビル内の飲食店舗等の内装工事の一部を請け負わせたが(一緒に行った工事は10数件に及ぶ)、正式な見積書、発注書がなく(断片的なファックスのやり取りはある)、口頭で値決めしたものや、その後工事内容の変更もあったとして、下請業者は、未払の下請代金があるとして、当初その金額を200万円位(4件分)として、元請業者及びその妻に直ちに支払うよう強く求めたファックスを深夜にしつこく送りつけた。相談を受けた当職の名前で、内容証明を送ると、一旦収まった。ところが、2ヶ月後、内装工事を行った店舗の入口などに「工事代金が未払になっている、店舗内の物品につき成立する商事留置権を行使する」といった内容の張り紙を連日貼り付け、元請が違法に下請代金を不払しているような一方的な主張を繰り返した。
元請事業者と一緒に現地を管轄する警察署生活安全課を訪ね、業務妨害、信用毀損の疑いがあると訴え、事情を説明し、善処を求めた。警察担当者は下請に張り紙を辞めるよう電話(留守番メッセージ)をかけてくれた。また、当職からも刑事告訴も辞さない旨の警告書を内容証明で送った。しかし、これらに挑戦するかのようにその後も貼り紙が続いたため、請負代金債務不存在確認の訴を提起した。
この裁判の第1回口頭弁論で、被告である下請は、本人が一人で裁判所に来て、未払請負代金は600万円以上あるとの答弁書を提出したが、裁判官にその陳述を止められ、代理人を付けるよう強い勧告を受けた。
第2回の期日直前に被告に代理人が就いたとの連絡が裁判所を通じてあり、それから更に1月半以上経って、次回期日が開かれた。そこで、被告の請負代金は請負10数件合計で800万円にも上るとの膨大な答弁書と反訴状が出された。原告がその不存在を主張する200万円の請負代金が全て反訴の請負代金請求に含まれていることを確認して、裁判官は本訴を取下扱いとした。