設例
 夫と3歳の子供の3人で暮らしていましたが、この度、夫が愛人を作り、愛人宅に入り浸りになってしまいました。離婚した方が良いのでしょうか。離婚すると、夫から幾らお金がもらえますか。また、愛人に対し、慰謝料請求ができますか。 

夫または妻と離婚を考える原因となる事情は、様々ですが、その決断と相手への申出は、慎重に考えなければならないことは当然です。特に離婚後の経済面での生活設計は、できるだけ堅実に立てるのが理想です(実際は困難ことが多いですが)。一般的に子供を育てている女性側に立って考えてみましょう。
 特に、生まれたばかりの子供を抱えた妻の離婚後の具体的な生活を想像すると、実家による援助がどの位受けられるか、子供を預けて働きに出てどれ位の収入が得られるか、離婚に際し夫に対しどれだけのもの(金銭)を請求できるか等をよく検討してから結論を出さなければなりません。離婚せずに夫から生活費を受取りながら別居生活を続け、その間に子供の養育をしつつ、高収入を得るため資格を取得する等、自立自活の準備をするという選択肢も十分検討に値します。
 離婚するための方法・手続は、次の4通りです。尚、夫から手続が取られることもあり得ます。
1.協議離婚は、夫婦の話し合いによって離婚する方法です。お互いが離婚に合意した上で(ここでいう合意は、離婚の条件である財産分与、慰謝料、親権、養育費についても合意することを含みます)、市区町村役場に「離婚届」を提出し、受理されれば離婚が成立します。
2.調停離婚は、家庭裁判所の調停によって離婚する方法です。協議離婚ができない場合、家庭裁判所に離婚調停を申し立て、調停期日に双方が離婚に合意すれば離婚が成立します。
3.審判離婚は家庭裁判所の審判によって離婚する方法で、調停が不成立の場合に家庭裁判所の判断で、「調停に代わる審判」を下すことがあり、審判が確定すると(異議申立がないと)、離婚が成立します。制度としてはありますが、実際には余り利用されていません。
4.裁判離婚は、上記1ないし3のいずれでも離婚が成立しなかった場合に、夫または妻から家庭裁判所に離婚の訴訟を起こし、離婚を認める判決が出れば離婚が成立します。また、離婚の合意ができれば和解による離婚も成立します。1ないし3と異なるのは、民法770条1項各号に定める離婚原因が存在しなければ離婚判決が出ないことです。設例の場合、夫には「不貞行為」がありますから、妻からの離婚請求は認められることになります。反対に、夫からの離婚請求は、夫自身が婚姻関係破綻の原因を作った「有責配偶者」ですから、妻が離婚に反対する限り、離婚請求は認められません。離婚するときは、夫婦間の未成年の子供の親権者を決めなければなりません。設例は生まれたばかりの子ですから、子供の養育環境を考えて母親が親権者とされるのが通常でしょう。
 親権者が決まると、次に養育費(子供を養い育てていくのに必要な費用)の負担額を決めることになります。忘れてはならないのは、養育費はあくまで子供に支払うのであり、親の義務であるということです。家庭裁判所の調停・審判で定められた養育費の額についての統計によれば、子供1人のケースでは月額2万~4万円、子供2人のケースでは月額4万~6万円程度がもっとも多くなっていました。しかし、現在は、裁判官の研究会が発表した「養育費算定表」が調停・審判で養育費を決める際に大いに活用されています。この表を使い、養育費を支払う親(義務者)と子供を引き取って育てる親(権利者)の年収、子供の人数・年齢に応じた標準的な養育費の額を知ることができます。そして、夫婦の協議または家庭裁判所の調停・審判によって、養育費の支払期間(「18歳の誕生月まで」、「20歳の誕生月まで」、「大学卒業まで」等)及び支払方法(原則として月払いです)を決めることになります。さて、離婚に際し、妻は夫に対し、どの位の金銭等(総称して「離婚給付」ということがあります)を請求できるのでしょうか。
 離婚給付には、財産分与と慰謝料があるとされています。
 財産分与は、離婚をした一方当事者が他方当事者に対し、婚姻中夫婦の協力で築いた(実質的)共有財産の清算として分け与えることです。財産分与には、法的性質として、次の3つの要素があるとされています。
1.清算的財産分与(婚姻中の夫婦共同財産の清算)
婚姻中、夫婦は協力して一定の財産を形成します。夫または妻の単独名義になっている財産でも、協力して築いた財産であれば(婚姻前からの固有財産や相続したり、贈与を受けた財産は対象外です)、共有財産と考え、離婚の際に財産形成への貢献の割合に応じて清算されます。調停・審判では、専業主婦の場合貢献度は3割ないし5割の範囲内で決められているようです。本来的な意味での財産分与であり、請求できる側(通常は妻)としては、相手がどんな形で財産を所有あるいは管理しているかを把握しておくことが重要です。例えば、不動産ならば所在・地番、預貯金ならば銀行・支店名・口座番号・残高、有価証券ならば銘柄・数・証券会社、貯蓄性の高い保険ならば保険会社・証券番号などです。設例の場合、婚姻期間は3年ですから、夫が会社員であるとすると、その間築いた財産が多額になることは、余り期待できないと思われます。
2.扶養的財産分与(離婚後の弱者に対する扶養料)
離婚後の生活に不安が生じる配偶者を扶養して生活の維持を図るもので、夫婦の協力によってできた財産がなくても、自己の固有財産や離婚後の収入をもってしても支払うべきとされています。請求する側に頼れる親族がいるか、支払う側に他に扶養しなければならない者がいるか等、様々な事情を考慮し、分与すべきかどうか、分与すべき金額(但し、生活費の一部に過ぎません)が決められます。支払を受けられるのは、就職や再婚が決まるまでの一定期間とされ、一般的には3年程度といわれています。設例の場合、1の清算的財産分与の額が十分でないときは、扶養的分与が認められる可能性がありますが、金額的に大きな期待を抱くのは危険でしょう。
3.慰謝料的財産分与
慰謝料と財産分与は、本来別々に考えるべきものですが、これを分けずに財産分与として一括して請求するケースがあります。この場合、請求者の精神的苦痛を慰謝するのに十分でないと認められるとき以外、別途、慰謝料を請求することはできません。
続いて、慰謝料ですが、これは結婚生活の中で精神的苦痛を受けた側が相手に対し請求できる損害賠償金のことです。財産分与と異なり、離婚に際し必ず請求できるものではなく、相手に離婚に至る原因・責任がある場合に限られます。金額算定に明確な基準があるわけではなく、裁判例をみると、離婚原因、有責行為の内容、婚姻期間、責任割合等を目安として決められていることになっています。
 しかし、請求を起こす側としては、相手から支払を受けられるであろうと考える離婚給付の合計額を念頭に、算出された財産分与の金額を補うものとして慰謝料金額を加算し、あるいは離婚協議(交渉)や調停の場で合意・調停を成立させる材料として(交渉手段として徐々に金額を下げることを予定して)多めの慰謝料請求を行うことが多いと思われます。従って、交渉、調停、和解(裁判離婚の場合)の場で、請求する側に(早く)離婚したいという気持ちが強ければ慰謝料の額は低くなるでしょうし、逆に、支払う側にその気持が強ければ慰謝料の額は大きくなるという傾向はあるといえます。ただ、実際に支払を受けられる養育費及び離婚給付の額は、親族の援助を含めて請求を受ける側の資力にかかっていることを常に念頭に置いておく必要があります。慰謝料と財産分与を合わせた金額は200万~600万円のケースが多いといわれています。
 ただ、いわゆる熟年離婚の場合は、不動産、有価証券、保険等高額な資産があり、他に、退職金(定年退職までの期間が短く、退職金額がある程度算定可能であれば)や年金も財産分与の対象となります。これらの資産を金銭評価して、離婚を前提として、例えばその半分相当額の財産分与請求権があるとして、妻から夫の財産に対する仮差押が行われることもあります。こういうケースでは、夫が気付かないうちに妻が弁護士に相談して準備を進め、別居後のある日、突然裁判所から仮差押決定が届くということも少なくないようで、夫としては正に「青天の霹靂(へきれき)」でしょう。設例で、やはり夫が普通の会社員であり、親族等の援助も受けられないケースであるとすると、余り離婚給付に期待するのは危険であるといわざるを得ないでしょう。

 話が変わりますが、妻から不倫相手に慰謝料を請求できるでしょうか、できるとして幾ら位請求できるのでしょうか。
従来から、夫婦の一方が第三者と不倫した場合、他方配偶者である夫または妻としての権利を侵害し、他方配偶者の被った精神的苦痛を慰謝する、つまり慰謝料支払義務があるとされています。しかし、夫婦の婚姻関係が既に破綻した後に不倫関係に入った場合は、婚姻共同生活の維持という法的に保護されるべき利益がないとの理由で、特段の事情がない限り慰謝料請求は認められません(最高裁判所平成8年3月26日判決)。また、不倫した夫または妻が結婚していることを不倫相手に隠していたときも、不倫相手には不法行為の要件である故意過失がないということで、慰謝料請求は難しいでしょう。
認められるケースでの慰謝料額ですが、裁判所が認めた慰謝料額は、不倫期間が長期に亘った事例(約20年)でも300万円程度にすぎず、50万~200万円程度と思われます。