1.金銭貸付(勿論、利息制限法に定める金利の範囲内です)の保証会社A社より保証履行した債権の回収依頼を受けた。相手は、甲県内に住むBという男。A社の債権にはB所有のマンションに抵当権が設定されている。しかし、同時に同マンションには住宅ローンの1番抵当権が設定されており、A社の推計では、未だ多額の残債務があり、昨今の不動産価格の下落により売却しても1番の住宅ローンの完済も難しいという。
2.抵当権を持っている場合、目的不動産の競売を申し立てることはできるが、裁判所による評価額が住宅ローン債権額(厳密に言うと、プラス事件終了までの競売手続費用予想額をも含む)を下回っていると、裁判所は無剰余通知(不動産を売ってもA社に配当の見込はないということ)という書面を出す。これを受け取ると極めて短時間の内に、A社がより高値で買い受ける旨申し出る等の対抗措置を取らなければ、競売手続自体が取り消されてしまうのだ。A社担当者はこの辺のことはよく承知している。そこで、マンションの任意売却をBに勧めた。
3.任意売却の場合、競売手続よりも高く売れるという常識があり、A社の抵当権を抹消しなければそもそも売却できないので、第1順位の抵当権者も自己の債権の全額回収にならない場合であっても、代金の一部を後順位であるA社に回すことを承諾してくれる。このようなA社への返済金は、抵当権抹消の対価として「消し料」等と呼ばれている。
A社担当者はこの任意売却をBに勧め、売却後も残る債務の弁済交渉をしていた。ところで、Bはいわゆる団塊の世代に属し、つい3ヶ月程前に長年勤めてきた会社を退職し、2ないし3000万円位の退職金が入ったらしい。そこで、A社担当者は、退職金の一部をA社への弁済に充てるよう求めていた。しかし、Bは、「使い道は決まっている」あるいは「老後の大切な資金だから」として、これに応じず、A社担当者が分割でも良いから返してと要請しても、「ないものはない、払えない」と完全に開き直ってしまった。
4.ところで、Bの住所は甲県、A社の担保物件であるマンションは乙県にある。甲県のBの住所を調べてみると、Bは戸建を所有していることが判明した。しかし、自宅にも住宅ローンの抵当権が設定されており、推定される残債務額が不動産の査定価格を上回っていると見込まれた。しかし、甲県に自宅がある以上、乙県のマンションは賃貸に出している可能性が高い。交渉決裂前、A社担当者は、Bよりマンションの利用状況を尋ね、借家人の氏名をうまく聞き出していた。
以上の経過を経て、A社は債権回収業務を依頼してきた。お金を持っていることは明らかだから、何とか取って欲しい、「払えない、ないものはない」はあんまりだ、可能な限りの回収手段を講じて欲しい、と担当者は要請した。

5.この場合、費用が安上がりで、金額的には少額ずつで時間がかかるが、回収の結果がすぐ得られるのが、A社の抵当権実行だ。えっ、競売は無剰余で取り消されてしまうのでは、と疑問に思われるかも知れない。しかし、ここでやるのは、賃料(家賃)の差押だ。抵当権の効力として、抵当不動産の収益(果実と呼んでいる)を押さえることもできるのだ。これを「物上代位」と呼んでいて、債権差押命令申立書のタイトルの下に括弧書きで(抵当権に基づく物上代位)と書くことになっている。
この申立と併行して、民事訴訟を提起することにした。裁判と民事執行を同時に起こすことによって、Bが態度を軟化させ、支払を前提とする示談交渉に乗ってくることも見込んでの措置だ。
6.しかし、ほぼ同時に二つの手続を取ったにもかかわらず、Bからは何の反応もなく、訴訟には欠席してあっさり欠席判決が出た。更に、賃料差押の方も、差押命令が送達され、取立請求書を借家人の方に送ったのだが、月末を過ぎても家賃は振り込まれない。翌月も同様であった。A社が現地調査したところ、借家人が家賃不払のままマンションを退去したことが判明した。残念ながら取立0円のまま申立を取り下げるしかない。
7.では、判決を使って何を差押さえるか。Bは退職後何処に再就職するかは話してくれなかったので、給与差押はそもそもできない。残るのは、やはり退職金の行方である。所在把握が困難な預金差押を行うことになった。困難というのは、銀行の預貯金は、銀行とその支店を特定して、個別に申し立てなければならない。Bは、こちらが気付かないような銀行支店を利用して退職金を預け入れていることが予想されるからである。A社担当者の重ねての要請を受け、甲県のマンション、乙県の戸建の各登記簿に記載されている金融機関を第三債務者として申し立てることになった。しかし、ここでも問題があった。マンションの住宅ローンは公的機関によるもので、その代理店又は窓口となっている銀行支店の口座から引き落とされているはずである。甲県の有力地銀で、マンションに最も近い支店を第三債務者としてまず申し立てた。しかし、銀行の回答(裁判所から差押命令とともに送られた「陳述書」という書面に記載される)は、Bの預金口座は全く存在しないというものであった。次に、乙県の戸建の方であるが、銀行自体ではなく、その保証会社の抵当権が設定されていた。またしても、銀行名は分かるが、支店が不明である。やむをえず、自宅最寄りの支店を調べて再度申立を行ったが、今度も口座なしであった。後に判明したが、Bは、わざわざ他県内の支店と取引をしていたのであった。
8.交渉決裂以後、Bからは全く連絡がなかった。恐らくA社がそろそろ(回収を)諦めるだろうと思っていたのではなかろうか。当職は、このようなことを繰り返しても同じ結果に終わるので、担当者と打合せ、まとまった経費をかけて、ある方法で調査することとした。その結果、Bは全く予想していなかった丙県内の銀行支店に多額の預金を有していることが判明し、同支店を第三債務者として、改めて預金差押を申し立てた。その方法の詳細は、残念ながらここでは御紹介できない(個別事件のご相談・御依頼があったときにお話しできるかも知れません)。今度は奏功し、ようやくA社の債権全額分を差し押さえることができた。
9.すると、いままで全く沈黙していたBがすぐに対抗手段に出た。裁判所に対し、「差押範囲減額の申立」を行ったのである。この申立は、債権差押命令が出た後、差押債権が取立完了になる前に行うもので、差押により生活が困窮する等債務者の生活保障の観点から、裁判所に対し差押命令の一部取消を求めるものである。債務者に差押命令が送達されて一週間経過すると、差押債権の取立が可能になるので、この申立を受けた裁判所は、直ちに職権で、第三債務者(銀行)に対し、差押金額支払いを一時停止する旨の裁判書を送った。この結果、またもや本件債権の回収はお預けとなった。差押範囲減額の申立に対する裁判所の決定を待たなければならないのである。Bの申立理由は、簡単にいうと、現在職がないので、預金を取り立てられると今後の生活が成り立たなくなるというものであった。Bは不動産を複数所有しており、裁判所は、生活困難になることが明らかでないとして、申立を却下した。
当職は、銀行支店の担当者に連絡の上、丙県内の店舗に赴き、差押金の支払を受け、直ちにA社に送金した。通常、取立は、差押金額から振込手数料を控除した残金を第三債務者に振り込んでもらうが、今回、銀行は、領収書、印鑑証明書等の提出を要求したため(銀行本部のマニュアルに従って対応しているので、修正を求めることはまず無理である)、手間ではあるが、直接行くことにした次第であった。
こうして、一件の債権回収業務が終了した。