設例
父が最近亡くなり、賃貸アパートを相続しました。Aは賃借人として2部屋を、その娘であるBは1部屋をそれぞれ、詳細は不明ですが、20年位前から賃借してきました。Aの家賃合計は6万円、Bの家賃は3万円です。賃貸借契約書は既に紛失しており、詳細な条件は不明です。AとBは、パート収入しかないのに、パチンコなどギャンブルが好きで、父の代から家賃滞納の常習者でした。AがBや他の借家人の家賃も勝手に預かって、まとめて父に持参していた時期もあり、一部をAが使っていたこともあったようです。入金管理の帳簿や家賃領収証を手がかりにして、遅れている家賃の額を確定しました。Aは24万円、Bは18万円を延滞していることを認めました。実は、父の代のときで、いつ頃か不明ですが、Aは2部屋の壁を勝手に壊して事実上1部屋にしてしまい、Bは断りもなく第三者を同居人として入居させたことがありました。今後も更に家賃を滞納したり、勝手なことを行うおそれがあるので、この際、A及びBを退去させたいのですが、どうしたらよいですか。

1.賃貸借契約の約定が今となっては全く不明ですので、民法の賃貸借の条文がそのまま適用されると考えられます。賃貸借の期間は定めがないと判断されます。Aが壁を壊したのは無断改造として用法違反、Bが他人を入居させたのは無断転貸に、それぞれ該当し、賃貸借を解除することができるとも考えられます。しかし、賃貸人である父がこれらの事実を知った後も、賃料を受取り続けてきた場合、これらを黙認、承諾したと認められることもあり得ると思われます。A、Bが当時の賃貸人である父が明示または黙示に改造または同居人の追加を承諾していたと主張することも予想され、改造等からかなり時間を経過していたときは、その主張が認められる可能性が出てきます。当初からA、Bが父の承諾を主張しているときは、賃貸借を解除して裁判を起こしても、用法違反や無断転貸を理由とする解除が認められないおそれがないとはいえませんので、訴訟に踏み切るかどうかは慎重に考えるべきでしょう。家賃の支払時期は、契約書を交わす場合当月末日までに翌月分を支払うとされるのが一般的ですが、民法では当月末日に当月分を支払うこととされています。これを前提にしても、Aは4ヶ月分、Bは半年分を延滞しているので、延滞賃料を(毎月支払うべき賃料とは別に)期限を定めて支払うよう催告した上で、支払がなかったことを理由に賃貸借契約の解除を通知する方法が考えられます。催告及び賃貸借解除通知は、いずれも配達証明付内容証明郵便にて発信します。
2.そして、建物明渡しを求めて訴訟提起する訳ですが、直ちに裁判所が解除の効力を認めてA,Bに対し明渡を命じる判決を出す訳ではありません。ABにとって借家は長年の生活の基盤であり、その生存権(憲法25条)確保の見地から、裁判所が家賃滞納の事情(ABの困窮等)を配慮して、滞納家賃の解消を約束させて和解勧告を行う場合もあります。裁判所が和解勧告をするかどうかは、A,Bが提案する滞納解消の条件・期間によります。和解となる場合は、AまたはBが約束通り支払わなかったときの建物明渡を含むペナルティー等の「和解条項」が極めて重要になります。残念ながら当面賃貸借が継続する訳ですから、通常の賃貸借契約書に書かれているような賃借人が守るべき条件や禁止事項を明確にし、「和解条項」に入れることも検討した方がよいでしょう。代理人を立てて訴訟提起したのであれば詳しく説明を受けて下さい。代理人を立てていないのであれば、別途弁護士等に相談するか、直接裁判官に意味をよく確認して、自ら「和解条項」を決めなければなりません。
3.A、Bが裁判に欠席したり、延滞解消の方法を明示しなかったときは、裁判所は、家賃滞納による解除の有効を認め、建物明渡を命じる判決を出します。判決に従って、A、Bが明渡してくれればよいのですが、出て行かないときは、建物明渡の強制執行を申し立てることになります。強制執行の内容は簡単にいいますと、部屋の中の家具(A、Bらの所有物です)を外に持ち出し、倉庫に保管させることです。裁判所に納める費用の他、搬出、保管等にかなりの費用がかかってしまう難点があります。そこで、明渡の強制執行を行わずに、判決を得てから、あるいは賃貸借解除通知を出した後に、A、Bが任意に退去、つまり他へ引越すことを求め、その具体的な条件を交渉することがよく行われます。退去・引越の見返りとして、例えば家賃は明渡日の分まで支払ってもらうが、立ち退き完了後に引っ越し代の(一部)として返還するとか、延滞賃料を免除すること等が行われています。大家としては損した気持にもなりますが、裁判や明渡しの強制執行までに要する費用や悩まされている賃借人に出て行ってもらうことの利益を考慮すると、こちらの方が結果的に得となる場合が多いでしょう。明渡し完了を賃貸人が確認した後にA、Bにお金を渡すという条件にすると、明渡し自体がスムーズに行われると期待されます。
4.もしも、明渡しの合意が成立したが約束の期限にきちんと明渡が完了するか不安があるときは、建物所在地を管轄する簡易裁判所に即決和解を申し立てることをお勧めします。やはり和解条項を予め決めておく必要がありますので、弁護士等に相談するか、代理してもらうのがよいと思います。